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2012/11/01

自家撞着 (1783)

読み: じかどうちゃく
同じ人の言葉や動作が、前と後とで食い違っていること。矛盾、二律背反と同じ。「撞着」は突き当たること、「着」は助字。

自家薬籠中の物 (1784)

読み: じかやくろうちゅうのもの
「薬籠」は薬箱のことで、自分の家の薬箱にある薬は、いつまでも自由に使えることから、十分に習熟して、意のままに扱える物事。【参考】 「薬籠中の物」ともいう。

自業自得 (1791)

読み: じごうじとく
自分の犯した罪業のために、自分自身にその報いを受ける。【参考】 「身から出た錆」と同じ。

地獄極楽はこの世にあり (1792)

読み: じごくごくらくはこのよにあり
善行悪行の応報は、死後に行く地獄・極楽の結末を待たずとも、この世で眼前にはっきりと現われる。

地獄で仏に会ったよう (1793)

読み: じごくでほとけにあったよう
ひどく危険な目にあったり困難な状況に陥ったりしている時に、思いがけない助けを得て心からうれしく思う様子。

地獄にも鬼ばかりではない (1794)

読み: じごくにもおにばかりではない
地獄のようなつらいこの世にも、慈悲深い人はいる。

地獄にも知る人 (1795)

読み: じごくにもしるひと
どこでも、知人にめぐり会う。どこに住んでも、知人ができる。どの土地でも、知人がいた方が心強い。

地獄の一丁目 (1796)

読み: じごくのいっちょうめ
苦しみにおちいった第一歩。破滅に向かった矢先のこと。

地獄の上の一足飛び (1797)

読み: じごくのうえのいっそくとび
極めて危険なことのたとえ。

地獄の釜の蓋もあく (1798)

読み: じごくのかまのふたもあく
正月と盆の十六日は、地獄の鬼さえも罪人を許して責めないそうだから、この世でも仕事をやめて休もうという意。殺生の戒めにも用い、またこの日をやぶ入りとして、奉公人にも休養を与えた。

地獄の沙汰も金次第 (1799)

読み: じごくのさたもかねしだい
死後に行くといわれる地獄・極楽の行く先を決定する、厳正と言われる閻魔の判定も、結局は金を出せば有利な判決をしてもらえる。まして、この世の中は金の力で左右されるものである。どんなにむずかしいことでも、金さえあればどうにでもなる、という意味。【類句】 仏の沙汰も銭

地獄は壁一重 (1800)

読み: じごくはかべひとえ
正しい道を一歩踏みはずすと、たちまち罪悪を犯すようになる。ちょっとした心の緩みで罪悪を犯しやすい、というたとえ。

地獄へも連れ (1801)

読み: じごくへもつれ
どんな所へ行くにしても、道連れがあったほうがよい。

地震雷火事親父 (1818)

読み: じしんかみなりかじおやじ
もと、恐ろしいものを順にあげて言った語。

事実は小説よりも奇なり (1819)

読み: じじつはしょうせつよりもきなり
この世で実際に起こる出来事には、虚構の小説以上に不思議で変わったことがある、という意味。【参考】 Truth is stranger than fiction.

耳順 (1820)

読み: じじゅん
六十歳の称。孔子が「六十而耳順(六十にして耳順(みみしたが)う)」といった語に基づく。【参考】 不惑

爾汝の交わり (1821)

読み: じじょのまじわり
非常に親しい間柄。「爾」も「汝」も、ともに「なんじ」と読み、お前、きさまの意味。互いに、相手を呼び捨てにして「お前」「きさま」と呼び合えるような親しい交友関係、という意味。

児孫のために美田を買わず (1829)

読み: じそんのためにびでんをかわず
良い田を買って子孫のために財産を残しても本人たちのためにならないから、あえてそのようなことはしない。

地蔵は言わぬがわれ言うな (1830)

読み: じぞうはいわぬがわれいうな
人を疑って口止めしても、うっかり自分がしゃべってしまうことが多い。口には気を付けよということ。

十死一生 (1852)

読み: じっしいっしょう
とうてい生きる見込みのないこと。