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2012/10/30

身ありての奉公 (3876)

読み: みありてのほうこう
なにごとも命があってこそのことであるということ。【類句】命あっての物種。

ミイラ取りがミイラになる (3877)

読み: みいらとりがみいらになる
ミイラを取りに行った者が、ミイラを取ってくるどころか、自分がミイラになってしまう。人を連れ戻しに行った人が戻ってこないで、同じように連れ戻される立場になる。説得に行った者が、かえって相手に説得されて、向こう側の者になってしまう、という意味。【例】 「子供を迎えに行ったつもりが、そのまま話し込んでしまい、ミイラ取りがミイラになってしまった」【参考】 「ミイラ」は「木乃伊」とも書く。【類句】 木兎引きが木兎に引かれる

箕売り笠にて簸る (3878)

読み: みうりがさにてひる
箕を売る人は、自分では箕を使わずにかさをつかう。他人のために働くばかりで、自分のことに手がまわらないこと。

見え張るより頬ばれ (3879)

読み: みえはるよりほおばれ
ていさいをかざるより、さしあたっての利得をとれということ。【類句】義理張るより頬ばれ

見かけばかりの空大名 (3880)

読み: みかけばかりのからだいみょう
見たところは勢いがよいが、それは見かけだけのことで、ふところは苦しいことのたとえ。また、外観だけを飾って内容がこれに伴なわないことのたとえ。

味方見苦し (3881)

読み: みかたみぐるし
ひいきはみっともないが、どうしても味方にはひいきをしてしまう。味方びいきは公明正大でなく、非常に見苦しいことをいう。

身から出た錆 (3882)

読み: みからでたさび
付いたり侵されたりしたのではない、刀身から生じた刀の錆のことをいい、自分のした、悪い行いや過失のために、後で自分が苦しんだり災難を受けたりすることを言う。自業自得。

蜜柑が黄色くなると医者が青くなる (3883)

読み: みかんがきいろくなるといしゃがあおくなる
秋は健康な季節で病人がすくないこと。【参考】 「柚(ゆ)が色付くと医者が青くなる」ともいう。

身があっての事 (3884)

読み: みがあってのこと
命があればこそなにごともできるし、希望ももてる。つまり命はすべてのもとになるものだということ。

右に出づる者なし (3885)

読み: みぎにいづるものなし
一番すぐれている者。昔、右を上席としたから、それより右にいる者がない、ということは最上位という意となる。【参考】 日本の上代は左を尊んだ。

右の耳から左の耳 (3886)

読み: みぎのみみからひだりのみみ
右の耳から聞いた言葉が、すぐに左の耳から抜け出てしまう、ということから、聞いたことが少しも頭に残らない、という意味。

右を踏めば左があがる (3887)

読み: みぎをふめばひだりがあがる
片方によくすれば、ほかの方には悪いということで、両方よくすることはむずかしいということ。

見ざる聞かざる言わざる (3888)

読み: みざるきかざるいわざる
自分に関係のない物事や他人の欠点などについては、いっさい無関心な態度をとり、それについて批判的な言葉を述べないこと。【参考】 「・・・しないこと」の意の「ざる」に「猿」をかけ、目・耳・口をそれぞれ両手でふさいでいる、三匹の猿をかたどってそれぞれの戒めを表わすことが多い。

身知らずの口たたき (3889)

読み: みしらずのくちたたき
自分の身のほども考えないで、大きなことをいうことで、高慢ちきはたいていは、身のほど知らずであるともいえる。

身過ぎは八百八品 (3890)

読み: みすぎははっぴゃくやしな
人の商売は種々様々で数えきれないほど有る。

水到りて渠成る (3891)

読み: みずいたりてきょなる
時期がくれば、物事は自然にできあがる、というたとえ。元々、水が流れてくれば自然にみぞができることから、深く学問をすれば自然と道が修まり、徳が身につくことにたとえた。【参考】 「渠」は、みぞ。

自ら侮って後人之を侮る (3892)

読み: みずからあなどってのちひとこれをあなどる
人はどんなときでも自重が大切であるということ。

自ら見す者は明らかならず (3893)

読み: みずからあらわすものはあきらかならず
自分で自分の智徳を表に現わすものは、真にその徳があるとはいえない。自己宣伝は男のするものではない。

自ら勝つ者は強し (3894)

読み: みずからかつものはつよし
自己の心に打ち勝つことのできる者は真の強者というものである。

自ら知る者は人を怨みず (3895)

読み: みずからしるものはひとをうらみず
自分から深く反省して、自分の長所や短所をよく知っている者は、たとえ失意の状態にあっても、他人をうらまない。