読み: らいじゃはおうべきし
過去のことはどうにもならないが、これから先のことは自分の心がけしだいでどうにでもなる、ということ。
2012/10/30
来年のことをいえば鬼が笑う (4464)
読み: らいねんのことをいえばおにがわらう
未来を予知することのできる鬼は、来年どのような悪運が待ち構えているのかも知らないで、楽しい夢などを口にする人をあざ笑う。将来のことはどうなるか今から決めることはできない、という意味。
未来を予知することのできる鬼は、来年どのような悪運が待ち構えているのかも知らないで、楽しい夢などを口にする人をあざ笑う。将来のことはどうなるか今から決めることはできない、という意味。
楽あれば苦あり (4466)
読み: らくあればくあり
楽をした後には苦労がある。また、楽をしていると、後で苦しい思いをしなければならぬようになる。人生には、楽しいこともあれば、また、苦しいこともあり、一概には言い切れない。常に先々のことを考えよ、という意味。【参考】 「楽あれば苦あり、苦あれば楽あり」と使う。
楽をした後には苦労がある。また、楽をしていると、後で苦しい思いをしなければならぬようになる。人生には、楽しいこともあれば、また、苦しいこともあり、一概には言い切れない。常に先々のことを考えよ、という意味。【参考】 「楽あれば苦あり、苦あれば楽あり」と使う。
烙印を押される (4467)
読み: らくいんをおされる
「烙印」は、昔、刑罰として罪人の額などに押した焼き印のことで、ぬぐい去ることのできない不名誉な評価を受ける、という意味。【例】 「テストで0点を取り、落ちこぼれの烙印を押された」【類句】 極印を押される
「烙印」は、昔、刑罰として罪人の額などに押した焼き印のことで、ぬぐい去ることのできない不名誉な評価を受ける、という意味。【例】 「テストで0点を取り、落ちこぼれの烙印を押された」【類句】 極印を押される
落月屋梁の想い (4468)
読み: らくげつおくりょうのおもい
親しい友人を思う情のこと。杜甫が甘粛にあって、江南の獄につながれている李白の身を思うあまり、夢に見たことを詠じた詩の一句で、その意味は石山に落ちかかった月が、屋根一面を明るく照らしていて、その光は今し方、夢で見た李白のあの顔をありありと照らしているようにみえた、という故事による。
親しい友人を思う情のこと。杜甫が甘粛にあって、江南の獄につながれている李白の身を思うあまり、夢に見たことを詠じた詩の一句で、その意味は石山に落ちかかった月が、屋根一面を明るく照らしていて、その光は今し方、夢で見た李白のあの顔をありありと照らしているようにみえた、という故事による。
楽は苦の種苦は楽の種 (4470)
読み: らくはくのたねくはらくのたね
楽は次に苦を生む種であり、苦は次に楽を生む種である。苦と楽とは相伴ってくるものであるから、楽だからといって油断するな、苦しいからといって希望を捨てるな、という意味。
楽は次に苦を生む種であり、苦は次に楽を生む種である。苦と楽とは相伴ってくるものであるから、楽だからといって油断するな、苦しいからといって希望を捨てるな、という意味。
洛陽の紙価を貴む (4471)
読み: らくようのしかをたかむ
著書の売れ行きがよいこと。晋の時代、左思が十年かかって「三都の賦」という文章を作った。するとその作品が人々に賞賛され、評判がぐんぐん上がり、都の洛陽の人々は争ってこれを写して読んだ(当時はまだ印刷術が発明されていなかった)。そのため洛陽では、紙の値段が高くなったという故事による。
著書の売れ行きがよいこと。晋の時代、左思が十年かかって「三都の賦」という文章を作った。するとその作品が人々に賞賛され、評判がぐんぐん上がり、都の洛陽の人々は争ってこれを写して読んだ(当時はまだ印刷術が発明されていなかった)。そのため洛陽では、紙の値段が高くなったという故事による。
ラストスパートをかける (4472)
読み: らすとすぱーとをかける
目標達成を目前に控え、いよいよ最後だというので、全力を出して頑張ること。【例】 「完成まであとわずか、徹夜してラストスパートをかける」
目標達成を目前に控え、いよいよ最後だというので、全力を出して頑張ること。【例】 「完成まであとわずか、徹夜してラストスパートをかける」
落下枝に上り難し破鏡再び照らさず (4475)
読み: らっかえだにのぼりがたしはきょうふたたびてらさず
散った花は咲いていた枝に返らず、割れた鏡は、二度と元のようにまとまってものを映さない、ということから、一度別れた夫婦は、二度と元通りにならないことをいう。【類句】 覆水盆に返らず
散った花は咲いていた枝に返らず、割れた鏡は、二度と元のようにまとまってものを映さない、ということから、一度別れた夫婦は、二度と元通りにならないことをいう。【類句】 覆水盆に返らず
欄柯 (4478)
読み: らんか
碁や、好きな遊びごとなどに心を奪われて、時の移るのを忘れること。晋の王質がきこりをしながら山奥にはいると、二人の童子が碁を打っているのを見た。童子のくれた棗の実に似たものを食べると腹が減らず、いつのまにか、わきに置いた斧の柄(柯)が腐ってしまっており、知らぬ間に長い年月が経っていたという故事。
碁や、好きな遊びごとなどに心を奪われて、時の移るのを忘れること。晋の王質がきこりをしながら山奥にはいると、二人の童子が碁を打っているのを見た。童子のくれた棗の実に似たものを食べると腹が減らず、いつのまにか、わきに置いた斧の柄(柯)が腐ってしまっており、知らぬ間に長い年月が経っていたという故事。
濫觴 (4479)
読み: らんしょう
物事の始まり。起源。「濫」はあふれる。元々は、浮かべると解した。「觴」はさかずき。揚子江のような大きな川でも、その源は、杯にあふれる(旧説では、杯を浮かべる)ほどの小さい流れである、という意味。【例】 「歌舞伎は、慶長の頃の阿国歌舞伎を濫觴とする」
物事の始まり。起源。「濫」はあふれる。元々は、浮かべると解した。「觴」はさかずき。揚子江のような大きな川でも、その源は、杯にあふれる(旧説では、杯を浮かべる)ほどの小さい流れである、という意味。【例】 「歌舞伎は、慶長の頃の阿国歌舞伎を濫觴とする」
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