ラベル の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2012/11/01

骸骨を乞う (850)

読み: がいこつをこう
高官が辞職を願い出ること。昔、臣下が君主に仕えるのは、自分の肉体を君主にささげたものであるから、老臣が辞職を願い出る時には、せめて無用の骸骨をお返しいただきたいと願い出る意から出た語。

鎧袖一触 (853)

読み: がいしゅういっしょく
弱い敵を簡単に負かすこと。鎧の袖にちょっと触れただけで相手が倒れてしまうという意味。

蓋世の雄 (855)

読み: がいせいのゆう
一世を蓋(おお)いつくすほどの、すぐれた気力のある英雄。【参考】 抜山蓋世

咳唾珠を成す (857)

読み: がいだたまをなす
詩文の才能が豊かなことのたとえ。「咳唾」は、せきとつばで、他人の言語を敬っていう。ちょっと口から出る言葉も、玉のように美しいという意味。

外聞より当分が大事 (861)

読み: がいぶんよりとうぶんがだいじ
人のうわさや評判、ていさいを気にするよりは、当座の自分の都合の方が大切であるということ。

餓鬼に苧殻 (888)

読み: がきにおがら
少しもたよりにならないことのたとえ。腹の減っている餓鬼は力がなく、苧殻はすぐ折れ砕けるものだから、餓鬼が苧殻をふりまわしても役にはたたない。【参考】 「苧殻」は、アサの皮をはいだ茎。盂蘭盆(うらぼん)のかざりに用い、また、迎え火などに焚く。あさがら。

餓鬼の花争い (891)

読み: がきのはなあらそい
餓鬼は飢えとかわきに苦しんでいるのだから、欲しいものは食物であるのに、いりもしない花で争うことで、貧乏人が暮らしをよそにして無用な物好きをすることをいう。

餓鬼の目に水見えず (892)

読み: がきのめにみずみえず
餓鬼(常に飢えと渇きに苦しむ亡者)はいつものどが渇いているので、かえってそばに水があっても気付かない。あまり焦って求めると、かえって求めるものが見付からない、という意味。

餓鬼も人数 (893)

読み: がきもにんずう
取るに足らない子供でも、人数が多くなると侮りがたい力を持つようになる。

学者の取った天下なし (896)

読み: がくしゃのとったてんかなし
学者は学問上、政治や国家を論ずるが、自信で政治を行なうことはできない。現実の政治は理論だけで動くものではない。

学者貧乏 (897)

読み: がくしゃびんぼう
学者は難しい理論を説くことは得意であるが、金もうけはさっぱり下手で、生活は貧しいものであるということ。

学は及ばざるが如くせよ (900)

読み: がくはおよばざるがごとくせよ
学問をするには逃げる者を追いかけて、追いつけないような気持ちでしなければならない。少しも怠らず力の限り努めなければならない。

学はすべからく静なるべし (901)

読み: がくはすべからくせいなるべし
学問するには気持ちを静めて落ち着いて一心に勉強しなければならないということ。諸葛孔明がその子に与えた手紙の中の言葉。

学問なき経験は経験なき学問に優る (902)

読み: がくもんなきけいけんはけいけんなきがくもんにまさる
机上の空論よりも、実際の経験のほうが貴重である。【参考】 Experience without learning is better than learning without experience. の訳語。

学問に王道なし (903)

読み: がくもんにおうどうなし
学問というものには、手軽に身につける特別な近道はない。「王道」とは、王様専用の近道。【参考】 ユークリッドが言ったという言葉。

学問の不身持ち (904)

読み: がくもんのふみもち
学問に通じている人は口先で立派なことを言うが、実際には自分でそれを実行しない。口先だけで実行しないこと。

楽屋から火を出す (905)

読み: がくやからひをだす
自分で災いを引き起こす。内部で騒動を起こすこと。

学を好むは知に近し (908)

読み: がくをこのむはちにちかし
学問を好む人は、無知を克服して真の知に近づくことができる。

画工闘牛の尾を誤って牧童に笑われる (919)

読み: がこうとうぎゅうのおをあやまってぼくどうにわらわれる
実物のよく観察した上で描かないと、とんだ失敗をするということで、無学な者でも専門の事には詳しい知識を持っているから、教えを受けるがよい、という意味。牧童が闘牛の絵を見て大笑いした。牛が戦うときには力が角に入っていて、尾は股の間に曲げているものなのに、この牛は尾を上げている、こんなばかげた闘牛はないといった故事による。

臥薪嘗胆 (935)

読み: がしんしょうたん
かたきを討とうとして絶えずそれを考え、長い間艱難辛苦(かんなんしんく)を重ねること。転じて、目的を果たすために、長い間苦労し努力をすることをいう。【参考】 春秋時代、呉王の夫差は、殺された父の仇を討つために薪(たきぎ)の中に寝て復讐心をかき立て、三年の後に越王を会稽山(かいけいざん)に撃ち破った。会稽の恥を受けた越王の勾践(こうせん)は、復讐の念を忘れぬために、にがい胆を嘗めては敗戦の苦しさを思い返し、苦難を忍んで十数年の後、ついに呉王夫差を滅ぼしたという故事。【参考】 会稽の恥